外を見ると、まだ10人ほどの兵士が負傷して倒れている。彼らの呻き声が聞こえてくる。鎧は傷つき、疲労の色が濃い。俺は馬車の外に出て、彼らにも治癒ポーションを飲ませた。全員の傷が無事に回復し、元気を取り戻していく。彼らの顔に、みるみるうちに血色が戻っていくのが見て取れた。感謝の言葉が次々と投げかけられる。
うぅ~ん……料金を請求したいところだが、ポーションの価格調査をして値段設定をしていないし、この世界の貨幣価値も分からない。それに、今回は人命に関わる緊急事態だったし……まあ、今回はいいか。材料費も手間も何もかかってないしな。それより、貴族に関わると厄介事に巻き込まれる気がする。
そう思い、俺はそっと人混みに紛れ、その場を音もなく立ち去った。人々の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。振り返ると、ミリアがまだ俺の背中を見送っているのが見えた気がした。
それにしても、あの貴族の女の子は可愛かったな……前世の世界だったら、アイドルとかになってもおかしくないオーラがあった。
同じくらいの歳だったよな。彼女は無理でも、友達になれたら嬉しいんだけど、貴族は面倒ごとが多いからやめておくか。
あ、宿代くらいは請求しておけばよかったかもな……。そのくらいの価値はあっただろ。
まあ、お金は今のところ必要ないし、食料もある。寝るのは町の外でテントを張ればいいか。
上着を渡してしまったのを思い出したので、同じデザインの服をイメージし、バッグから取り出した振りをして新しい上着を着た。肌に馴染む布の感触が心地よい。
——夜の森、バリアの限界そろそろ夕方になってきたし、町から出て寝る場所でも探すか。空は茜色に染まり、鳥たちの囀りが聞こえる。西の空には、大きな夕日がゆっくりと沈んでいく。
町の外に出てしばらく歩くと、小高い森が見えてきた。木々の間から差し込む夕日が、地面に長い影を落としている。そこでバリアを張り、テントを設営する。直径数メートルはあるだろうか、透明な膜が周囲の空間を包み込んだ。テントの中にベッドと椅子とテーブルを出し、ゆったりと食事を済ませてからベッドに横になった。焚き火の代わりに、料理を温めるための温かい光が灯っている。
今日は町にたどり着いただけで、情報収集はほとんどできなかったな。明日は……ちゃんと情報収集しないとな。
まあ……今日は、この世界には「魔法」や「特別なポーション」が存在しないと分かっただけでも、十分な収穫だったかもしれない。ゲームの世界という認識は、少し改める必要がありそうだ。
明日は、この世界の貨幣価値とかを調べてみよう。
焚き火でもしようかと拾ってきた薪だったが、調理済みの料理を出せることを思い出した。それに……俺、火をつけられないんじゃないか? 火の魔法も使えないし……ライターを出せるのかな?
ライターも出せるのか……すげぇ。優秀すぎる。手のひらに現れた金属製のライターは、ずしりと重く、精巧な作りだった。出したライターを使ってみると、ちゃんと火がついたので出したライターを収納する。
これで、どこででも焚火ができるな。
そうだ……時間のある時に試してみたかったバリアの練習でもするか。
必要なくなった薪を一本手に持ち、ベッドに座って実験というかバリアの練習をしてみた。
薪の先端で円錐をイメージすると、スパッと薪が簡単に切れて、先端が鋭く尖った杭になった。切断面は驚くほど滑らかで、まるで鋭利な刃物で切り落とされたかのようだ。
「へぇ……面白い」
俺は感心した。次に薪に十字の形の切り傷をつけるイメージでバリアを一瞬だけ出すと、薪にきれいに十字の傷ができた。まるで目に見えない彫刻刀で刻んだかのようだ。
これって……防御スキルとしても優秀だけど、十分に攻撃スキルとしても優秀じゃないか? てっきりバリアは防御にしか使えないと思ってたのに……と、改めて思った。
よし……最後の実験だ。少し怖いけど……自分の爪をバリアで切ってみたが、切れない? あれ? 自分はすり抜けるのか? バリアを目の前に張り、そっと指で触れてみると、硬い何かがあり、確かに触れる。冷たい透明な壁に触れているような感触だ。すり抜けるわけじゃなくて、自分には傷がつかないということか……。
「超優秀じゃないか。さすが女神様のスキルだな」
俺は感嘆の声を上げた。これでこの異世界でも、かなりの自由を手に入れられるだろう。
バリアを試した結果、場所の指定、範囲、形状、対象物の指定、対象の箇所指定、そして追尾まで、イメージするだけで自在に操れる。本当に便利で優秀なスキルだ。
試しに薪を放り投げ、空中で「十字の形に傷をつける」とイメージしてバリアを発動すると、薪は正確にその形にスパッと切り裂かれた。切断面は驚くほど滑らかで、まるで鋭利な刃物で一瞬にして刻まれたかのようだ。今回は場所を指定したのではなく、落ちて移動する対象物の「特定箇所」をイメージしたことで、俺の思った通りの場所に傷を付けられたのだ。
その仕草は、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子どものようで――けれど、そこには「わたしのもの」という強い意志がこもっていた。 レニアは、少しだけ目を伏せて、かすかに笑みを浮かべた。「……私のような者は、相手にされませんので。大丈夫です」 その言葉に、ユウヤは思わず言葉を詰まらせた。(いや……レニアは、十分可愛いと思うけど) 心の中でそう呟く。しかし、それを口に出してしまったら、目の前の状況がどうなるか、本能的に理解していた。「……ユウヤ様?」 にこぉっと満面の笑みを浮かべたミリアが、ユウヤの腕にさらにぎゅっとしがみついてくる。その圧力から、何らかの警告を感じ取った。(……あ、今、何か言ったら終わるやつだ) ユウヤは、何も言わずに、ただただ高く広がる青空を見上げた。穏やかな風が吹き抜け、ミリアの豊かな金髪がふわりと揺れる。その動きに合わせて、ほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。「この近くに住んでるの?」 ユウヤの問いかけに、レニアは小さく頷いた。「馬車で三十分ほどのところに、小さな村があります。王都の外れにある農村で、私の家が治めています。農産物の供給地として、王都にも野菜や穀物を届けているんです」「そうか……多分、治ると思うけど、もし治らなかったら――」 ユウヤは、ちらりとミリアの方に視線を送り、彼女の表情を確かめてから、優しい声で続けた。「ミリアの屋敷に居るから、来てもらえれば俺が直接、治しに行くよ」 その言葉に、レニアの目がぱっと見開かれた。希望の光が、彼女の瞳の中で瞬く。「……ありがとうございます」 その声は、震えるほどに嬉しそうで――レニアの顔に、はっきりと希望の光が灯った。長い間、諦めかけていた父の病が治るかもしれないという、確かな希望だった。 けれど、その瞬間――「……ユウヤ様?」 ミリアが、にこぉっと笑いながら、ユウヤの袖をそっとつまんだ。その笑顔は柔らかいけれど、どこか拗ねたような気配が混じっている。「『ミリアの屋敷』って……まるで、わたくしのところに居候しているみたいな言い方ですわね?」「え、いや、そういう意味じゃなくて……」 ユウヤは慌てて否定する。「ふふっ、冗談ですわ。……でも、あまり他の女の子に優しくしすぎると、嫉妬しちゃいますからね?」 ミリアは、そう言ってユウヤの腕にぴたり
今は、髪も整えられ、ドレスも綺麗に着こなしている。けれど、その表情にはまだ、どこか不安が残っていた。「あ、あの……先程は、本当にありがとうございました」 少女は、ユウヤとミリアの前で深く頭を下げた。「あれは……ヒドかったしね」 ユウヤが静かに返すと、少女は小さく頷いた。「ホントに……助かりました。あのままだったら、きっと……」 言葉の先を飲み込みながらも、感謝の気持ちは確かに伝わってくる。ミリアも、そっと微笑んで言葉を添えた。「あなたは、何も悪くありませんわ。あの場で毅然としていたこと、わたくしは誇りに思います」 少女の目が、かすかに潤んだ。そして、もう一度、深く頭を下げる。「……ありがとうございます」 その姿に、ユウヤはふと、“助ける”という行為の意味を、改めて感じていた。「……いつものことですから、大丈夫です。み、ミリア皇女殿下だったのですね……」 貴族の少女は、少し緊張した面持ちで頭を下げた。ミリアは、にこやかに頷く。「はい。ミリアですが?それより――ユウヤ様のお陰で、いじめてくる人は居なくなったんじゃないのかしら?」「……はい。助かりました……」 貴族の少女の声は、かすかに震えていたが、その表情には、確かな安堵が浮かんでいた。 けれど、(……他にも、何か話したそうだな) ユウヤは、貴族の少女の視線が何度も揺れているのに気づいた。言葉を選ぶように、何度も口を開きかけては閉じている。「何か他にも話がありそうだけど?」 ユウヤがやんわりと促すと、レニアは小さく息を吸い、勇気を振り絞るように口を開いた。「……はい。えっと……冒険者の方が話していたのを聞いたのですが……薬屋さんと、お聞きしたのですが……本当でしょうか?」「あ、うん。薬屋だよ」 ユウヤは、少し照れたように笑って答えた。それは、戦場でモンスターを一掃した“剣士”の顔ではなく、人を癒す“薬屋”としての、素朴な笑顔だった。「
驚いた顔をして、「何者なんだ」と聞かれたけど、(……俺は薬屋、だよな?) 王子って、職業なのか?いや、違うよな。肩書きだ。でも、それを名乗るのもなんか恥ずかしいし、そもそも信じてもらえないだろう。(他国の王子が、護衛も連れずにモンスターの出る場所に来るなんて、普通ないし……) だから、ユウヤは少しだけ困ったように笑って、答えた。「えっと……薬屋ですけど?」 その瞬間、「そんな薬屋がいるかよ!!」 冒険者の叫びが、森に響いた。ユウヤは、苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。(だよね~。やっぱ信じてもらえないかぁ) じゃあ、なんて答えればいいんだよ?王子?いや、それはもっと信じてもらえない。しかも他国の王子が、護衛も連れずにモンスターの巣に来るなんて、どう考えてもおかしい。(……薬屋って言っても、服がこれじゃ説得力ないしな) 冒険者たちの視線が、じりじりとこちらに集まってくる。俺の着ている、王族仕様の豪華な服。そして、六体のモンスターを一瞬で斬り伏せた異常な強さ。そのギャップが、彼らの脳を混乱させているのが、痛いほど伝わってきた。「……じゃあ、なんて言えば納得する?」 思わず、ぼそっと呟いた。誰かが、ぽつりと答える。「……“勇者”とか、“伝説の剣士”とか……?」「いや、それはそれで恥ずかしいな……」 ユウヤは頭をかきながら、ため息をついた。(肩書きって、難しい)「そう言われても、薬屋なんですけどね……」 ユウヤが肩をすくめてそう言うと、冒険者は戸惑いながらも頷いた。「そ、そうなのか……薬屋ね…&hel
ただの八つ当たりだった。誰にも見られていない、誰にも知られない、そんな“感情の処理”のつもりだった。 けれど、ふと頭をよぎる。(……あれ、仲間だったんじゃないのか?)(俺が倒したあいつらの“家族”とか、“群れ”とか――)(それで、怒って……復讐に来た?) 王都の外れに現れたという、人型モンスターの群れ。冒険者ギルドが緊急出動を要請するほどの規模。負傷者が続出し、街が混乱しているという報せ。(……俺が、引き金を引いた?)(……大量発生って聞いたけど) 現場に到着したユウヤは、眉をひそめた。森の開けた一角。そこには、確かに人型のモンスターがいた。――六体。(全然、大量じゃないし) てっきり、十体以上が暴れているのかと思っていた。王都が騒然となるほどの規模なら、それくらいは当然だと。だが、目の前にいるのは、たったの六体。その六体が、数人の冒険者たちと激しく交戦していた。剣戟の音、叫び声、飛び散る血――現場は、確かに“戦場”だった。 ユウヤは、交戦中の冒険者の一人に声をかけた。「えっと……モンスターって、これだけ?」 その言葉に、冒険者が振り返る。顔には、驚きと苛立ちが浮かんでいた。「『六体も』の間違いじゃないのか!?六体もいれば、十分に脅威だろ!」 その声には、怒りというより、“理解されないことへの焦り”が滲んでいた。ユウヤは、少しだけ目を丸くした。(……あ、そっか) 自分にとっては“六体”でも、普通の冒険者にとっては“六体も”なのか。その感覚のズレに、少しだけ申し訳なさを覚えた。「……それで全部で六体?他の
その穏やかな時間を破ったのは、王様のもとに駆け寄る使者の声だった。「陛下、冒険者ギルドより緊急の出動要請が届いております!」 その声に、場の空気が一変する。王様が使者から書状を受け取り、目を通すと、眉をひそめて静かに呟いた。「……人型のモンスターが、大量に現れた、か」 その言葉に、周囲の将軍たちがざわつく。そして、王様の視線が、まっすぐにユウヤへと向けられた。その眼差しには、問いかけも命令もなかった。ただ、静かな“信頼”があった。 ユウヤは、すっと立ち上がる。(……俺のワガママで兵士を練習相手に貸してもらったんだ)(だったら、今度は俺が返す番だ) ミリアが、不安そうにユウヤの袖を掴んだ。「ユウヤ様……行かれるのですか?」「ミリア、行ってくる」 ユウヤが立ち上がり、軽く手を振るように言うと、「ダメです。お休みください!ずっと戦い続けていますよ!」 ミリアが、すぐさまユウヤの腕を掴んだ。その手は小さくて華奢なのに、驚くほど強くて、何より、温かかった。青く透き通った瞳には、明らかに疲労を気遣う色が浮かんでいる。「いや……人型のモンスターが大量に現れてるんだよ?」「ですから、少しお休みください!」 ミリアの声が、少しだけ震えていた。それでも、ユウヤは苦笑して肩をすくめる。「まだ余裕あるしさ。俺は薬屋だよ?体力回復薬もあるし、ちゃんと使うから」 その言葉に、ミリアは唇を噛みしめた。言い返したいのに、言葉が出てこない。そして――「ううぅ……気を付けてくださいよぅ……!」 ミリアは、掴んだ腕をぎゅっと握りしめたまま、涙をこらえるように顔を伏せた。ユウヤは、そっとその手を包み込むように握り返す。「……分かった」
そして、視線の先には、三十人の兵士たちが、静かに木剣を構えて待っていた。「格好良いところ、見ててくれる?」 ユウヤが軽く笑ってそう言うと、ミリアは、ふるふると首を振った。「そのようなことをなさらなくても……ユウヤ様は、もう十分に格好良いですわ……」 その声は、かすかに震えていた。青く透き通った瞳が、うっすらと潤んでいる。それでも、ミリアはしっかりと頷いた。 その姿に、ユウヤは小さく息を吐いた。(……俺の、自己満足なんだけどね) けれど、彼女のその言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。 そして、視線を前に向ける。そこには、整然と並ぶ三十人の兵士たち。全員が木剣を構え、無言でユウヤを見据えていた。(うわぁ……実際に対峙すると、結構な迫力だな) 木剣の列が、まるで壁のように立ちはだかる。その圧力は、数の暴力そのものだった。だが、ユウヤは、静かに剣を構えた。その動きに、無駄は一切なかった。観客席が静まり返る。誰もが、息を呑んで見守っていた。 そして、試合が、始まった。 木剣を構えた三十人の兵士たちが、一斉にユウヤに向かって殺到する。その動きは、まるで訓練された獣の群れのようだった。だが、ユウヤは動かない。その静けさが、かえって周囲の緊張感を高めていく。 ――シュッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! 木剣が交錯する音が、運動場に鋭く響く。ユウヤは、地を蹴った。彼の身体が、一瞬で空へと舞い上がる。宙を舞い、降り注ぐ剣の雨を避けながら空中で一回転。その回転の勢いを利用し、木剣を水平に一閃させる。風を切り裂き、最初に飛び込んできた兵士の胴体を一撃で叩き伏せた。 着地と同時に、しなやかなバク宙。背後にいた兵士たちの死角に滑り込み、木剣の柄で脇腹を正確に打ち抜く。一撃。次の瞬間には、別の兵士の懐に入り、剣を弾き、足を払って倒す。その動きは、もはや剣術ではなかった。 まるで舞踏。 剣を振るうというより